マリアージュ研究では、料理とワインの相性(マリアージュ)を独断と偏見と愛で考察します。
内容はあくまでソムリエとしての個人の見解と備忘録です。何かとケチをつけたがるグルメ警察の方々や、知識だけ豊富なワインマニアの皆様にとっては面白くないと思いますので、今すぐページを閉じられることをおすすめいたします。
ピータン(皮蛋)とは?
今回のテーマであるピータン(皮蛋)とは、アヒルの卵をアルカリ性の条件下で熟成させた中国の発酵食品です。最近ではアヒルの卵ではなく、鶏卵で作ることもあるようです。
作り方は、塩・草木の灰・水・土を混ぜた泥でアヒルの卵を包み、さらにもみがらをまぶして甕の中や土中で1ヶ月以上熟成させます。熟成が進むに連れて泥の中のアルカリ成分が卵に浸透し、白身の部分はたんぱく質が変色して黒くなり、ゼリー状になります。
食品として致命的に美味しくなさそうな見た目のうえに独特の風味があるため、好き嫌いが分かれる食品ではあります。食わず嫌いの方も結構多いのではないでしょうか。ちなみに私もピータンは食わず嫌いでしたが、今は大好きです。
ピータンの起源には諸説あります。まことしやかに囁かれているのは、明の時代にうっかり者がアヒルの卵を灰の中に置き忘れて、2ヶ月後に取り出してみたところ美味しくなっていたという説です。
飯炊き坊主がご主人様のアヒルの卵をくすねて、後で食べようと思って灰の中に隠したまま忘れていたのでしょうか。であれば、後世にこんな美味しい食品を残してくれたうっかり坊主にスタンディングオベーションを送りたいと思います。
ちなみにピータンには、黄身がトロッとした溏心(とうしん)タイプと、黄身が固まっている硬心(こうしん)タイプがあります。
溏心タイプの代表が「松花皮蛋(ソンホワピータン・下部写真)」、硬心タイプの代表が「青島皮蛋(チンタオピータン・上部写真)」です。
松花皮蛋は風味のクセが少なく、黄身のトロリとした食感も相まって非常に美味しいピータンです。一方の青島皮蛋はアンモニア臭や塩気が強く、かなり個性的な味わいです。
ピータンが嫌いという人は青島皮蛋を食べて嫌いになっている場合が多く、松花皮蛋を食べるとピータン好きになる人も多いです。
ピータンとの出会いと私の黒歴史
食わず嫌いだったピータンを私が大好きになったきっかけは、ホテルソムリエ時代に中国料理店へ配属されたことでした。
若干24歳で、ホテルのメインダイニングであるフレンチレストランのソムリエになった実力派エリートの私(すみません)。ホテル創設70年の歴史において初めて30歳以下でメインダイニングのソムリエになり、最年少イケメンソムリエとしてキャーキャー言われていた私(ほんとすみません)。
ホテルの最上階まで届くほど鼻は伸び、経験豊かな先輩ソムリエ達を差し置いて(このホテルのチーフソムリエになるのは自分しかいない)と思っていました。
そんな天狗もひれ伏すほどのスーパーゴッド天狗だった私が、メインダイニングで順調にキャリアを積んでいって3年経ったある日、中国料理店への異動を言い渡されたのです。
当時、ソムリエはフレンチレストランで仕事をするものだと思っていた私からすれば、中国料理店への異動など島流しも同然。頭が地面にめり込むほど落胆しました。
(私と同じく)若くして異例の出世を遂げたものの、関ヶ原の戦いに敗れて絶海の孤島「八丈島」に流されその生涯を閉じた、(私と同じく)指折りのイケメンと言われる戦国武将「宇喜多秀家」も、この時の私と同じ絶望感を味わっていたことでしょう。ええ、そうに違いありません。
(中国料理店でワインなど売れるはずがない。この実力派エリートに茶を売れというのか…)と、自分を流刑にした家康を呪ったであろう秀家よろしく上司と人事部を恨みながら、毎日ふてくされて仕事をしていました。
当然、そんな私の高慢な態度は上司ソムリエの耳にも入り、呼び出されて懇々と説教された挙句、「こんなことでふてくされるようなヤツは、このホテルのソムリエにふさわしくない。辞めてしまえ!」と怒鳴り散らされることになります。
今この文章を書きながら思い出しても、顔からマグマが吹き出るほど恥ずかしいです。完全に私の黒歴史です。
後から分かったことですが、この異動は私を将来的にホテルのチーフソムリエにするために色んな職場を経験させようという上層部の狙いがあったようなのですが、当時の私はそんな上層部の思惑を知る由もなく、さらに腐っていくのでした。
そんな腐り切っていた私が変わったのは、中国料理とワインのイベントを任されてからでした。ホテルの方針で「中華とワイン」のイベントも積極的にやっていこうとなったのです。
その初回イベントのコース料理の一品目が、松花皮蛋だったのです。この松花皮蛋を試食したときに、あまりの美味しさに衝撃が走ったのを覚えています。
(中国料理は素晴らしい、ワインと組み合わせるのはきっと面白い)、そう思った私は、そのイベントに向けてピータンを含めた中国料理とワインの相性を真剣に考えていくことになります。
前置きが非常に長くなりましたが、今回のマリアージュ研究は、そのイベント時のピータンとワインのマリアージュを備忘録として残す内容となります。
それでは当時を思い出しながら、ピータンとワインについて考察していきましょう!
ピータンと合わせるワインを考えるポイント
さて、イベントを任されたのは良いものの、それまでフレンチ一筋でやってきた私に中国料理とワインを合わせる知識・テクニックはありません。ましてや、クセが強いピータンに合わせるワインなんて思いつきもしませんでした。
そこで、順序立てて考えていくことにしました。
まず、個性の強い食材に普通のワインを合わせると、食材の個性にワインが負けてしまいます。そのため、個性が強いピータンにも個性(味)が強いワインを合わせる必要があります。しかし、一つ問題がありました。
中国料理におけるピータンの位置付けは「前菜」です。このイベントでも、ピータンがコース料理の一品目でした。
コース料理で一品ずつワインを合わせる場合、最初に味が強いワインを持ってくると、後から出てくるワインが物足りなく感じられます。つまり、食事のスタートにふさわしく、なおかつピータンの個性の強さに負けないワインを用意する必要がありました。とはいえ、軽い爽やかな白ワインなどではピータンの味の強さに負けてしまいます。
悩んだ挙句、2種類のワインを合わせることにしました。そしてこれが結果的に、お客様からも絶賛されるマリアージュとなったのです。
ピータンに合うワイン① 〜ロゼスパークリングワイン〜
私が実際にピータンと合わせたワインの1つ目は、ロゼのスパークリングワインでした。
スパークリングワインは万能選手なので、どんな食材でもわりと美味しく合わせられます。この時も、乾杯も兼ねて普通のシャンパンを合わせれば合格点は取れるだろうと思っていたのですが、それではあまりに面白くないと考え直すことにしました。
そこで注目したのは、ピータンに添えられることが多い「甘酢の生姜」でした。生姜の甘酸っぱい風味にロゼスパークリングワインの微かな甘さと爽やかな酸味を合わせれば、ピータンの旨味を引き立ててくれるだろうと考えたのです。
実際に合わせてみたところ非常に良い相性だったので、ロゼスパークリングワインで決定しました。
さらにこの時はシェフと相談して、ピータンを細く切るのではなく、縦に半分に切って食べ応えのあるスタイルで提供することにしました。また、甘酢の生姜の代わりに干したブルーベリーを甘酢で漬けて細かく刻んだものを添えてもらいました。
このブルーベリーがロゼスパークリングワインのベリーの風味とマッチして、素晴らしいマリアージュとなりました。
ロゼスパークリングワインとピータンは、私の中でもかなりオススメのマリアージュです。合わせるのは、黄身がトロッとした松花皮蛋の方が良いです。黄身が固まっている青島皮蛋の方だとやや難しいかなと思います。そしてもちろん、甘酢の生姜を添えていただければ。
ピータンに合うワイン② 〜アモンティリャード〜
ピータンに合わせたワインの2つ目は、「アモンティリャード」というタイプのシェリーでした。これが、先ほど話した「食事のスタートにふさわしく、なおかつピータンの個性に負けないワイン」です。
シェリーは、スペインで造られる酒精強化ワインです。(酒精強化ワインについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください)
(ピータンのような個性の強い食材に合わせるワインはシェリーしかないだろう)というのは、なんとなく頭の中にありました。あとは、どのタイプのシェリーを合わせるかが問題でした。
食前酒や前菜に合わせて飲まれることが多いのは「フィノ」という軽いタイプなのですが、ピータンに合わせるには少し弱すぎます。紹興酒のような風味を持つ「オロロソ」というタイプであれば、ピータンによく合うのは間違いなかったのですが、コースの最初に出すにはやや強すぎます。
そこで、フィノとオロロソの両方の風味を持つ中間タイプ「アモンティリャード」で合わせることにしました。ワインでありながらほんのり紹興酒に近い風味をもつアモンティリャードは、ピータンともベストマリアージュとなりました。
アモンティリャードも、ピータンと非常に相性の良いワインです。機会があれば、ぜひ試してみてください。
まとめ
ピータンのようにクセの強い食品に合うワインを考えるのは、非常に面白いです。
今のところ、私のベストマリアージュはロゼスパークリングワインとシェリー「アモンティリャード」ですが、もっと相性が良いワインがあるかもしれません。皆様もぜひ色々と試してみてください。