【ワインのスワリング】右回し・左回しで香りが変わる?科学的根拠など噂の真偽をソムリエが検証


ワインを空気に触れさせるために、グラスをくるくる回すじゃないですか。右回し・左回しで香りが変わるって聞いたんですけど、本当ですか?

グラスをくるくる回す=「スワリング」だね。確かに、右回し(時計回り)すると穏やかな香りに、左回し(反時計回り)すると香りが強くなるっていう話は聞いたことあるね。ほんとか知らんけど。

では今回は、ワインにおけるスワリングの右回し・左回しで香りが変わるのかを考察してみましょう。実際にソムリエが検証します!
ワインのスワリングとは
スワリングの右回し・左回しでワインの香りが変わるのかを解説する前に、スワリングについて知っておきましょう。
スワリングとは、ワインを空気に触れさせるためにグラスをくるくる回す行為のことを言います。英語の「swiri」(=ぐるぐる回す、渦を巻く)からきている言葉です。

スワリングは、ワインの香りをもう少し強く感じたい時や赤ワインの渋味が強い時などにする行為です。ワインは空気に触れさせることで適度に酸化し、香りが開きます。また、赤ワインは空気に触れることで渋味がまろやかになるため、スワリングを行なうのです。
スワリングは、ワイン生産者やソムリエなどのワインビジネスに従事する人間が、ワインを評価するために短時間で香りを捉えたい時に行なうものです。本来、「ワインを楽しむシチュエーション」においては、スワリングする必要はありません。

スワリングしすぎることで失われる香りや味わいもあるからね。食事のときなど、時間をかけてゆっくりワインを飲むシチュエーションでは、スワリングをしなくていいと個人的には思うよ。
【ワインのスワリング】右回し・左回しで香りが変わる!?

さて、本題に入りましょう。ワインのスワリングは、右回し・左回しで香りが本当に変わるのでしょうか。
我々日本人が住む北半球では、ワインを右回し(時計回り)にスワリングすると香りは柔らかく穏やかに、反時計回りにスワリングすると力強く香り高くなるという説があります。この説は、「地球の自転によるコリオリの力」が関係しているようです。
コリオリの力とは、地球の自転によって地球上空を移動する物体に働く慢性力のことで、北半球では進行方向に対して右向き(時計回り)、南半球では左向き(反時計回り)に力が働きます。
コリオリの力について詳しく知りたい方はWikipediaをどうぞ

う〜ん、全く理解できません…

ぴのこちゃんのIQでは理解できないだろうね。

君も絶対に理解できていませんよね。まぁ、我々が住む北半球では、右回り(時計回り)に見えない力が働いている、くらいに考えておきましょうか…。
【スワリングは、右回しと左回しでワインの香りが変わる説】
どうやら、この見えない力と同じ向きの「右回し」でスワリングした場合は、力に逆らわないから香りの開き方も穏やかになる。反対に、見えない力と逆方向の「左回し」でスワリングした場合は、力に逆らって負荷が強くなるため、香りも強くなるということらしいです。
右回し・左回しでワインの香りが変わることに科学的根拠はない
この右回し・左回しでワインの香りが変わる説、残念ながら科学的根拠があるわけではありません。権威あるソムリエの方がこの説を唱えているため、一般のワイン愛好家の方々までがまことしやかにこの説を語っているのを見かけますが、実は何の根拠もないのです。

僕はこの説を全く信じていないね。今から理由を説明するよ。
まず、全く同じ条件下で検証することが不可能です。ワインは繊細な飲み物で、様々な要因により香りの開き方・感じ方が変化します。
<ワインの香りの開き方・感じ方に影響を与える要因>
・ワインの保存状態
・ワインのコンディション
・ワインの熟成度合い
・ワインの個性(香りの強弱、香りが開きやすいのか、開きにくいのか など)
・ワインの温度
・グラスの形状
・室温
・飲むまでにワインが空気に触れた時間
・スワリングの回数
・自分の体調、コンディション
・個人の能力(=嗅覚、ワインを飲んだ経験の数) など
ワインの右回し・左回しで香りが変わったと主張する人たち全員が、同じ嗅覚をもって同じワインを同じ条件下で検証したのであれば、この説には信憑性があります。しかし、実際はこれらの条件を全て同一にして「ワインの右回し・左回し」を検証することは不可能です。
つまり、右回しと左回しで香りが変わる or 変わらないは、どんなワインをどんな条件下で検証したかに左右されるうえに、個人の感覚次第である可能性が高いと考えられます。
そして、この説がイマイチ信じられない最大の理由が「バイアス(=先入観)」です。
「右回し・左回しでワインの香りが変わる派」の多くは、権威あるソムリエの「香りが変わる!」という説を見聞きしてから検証したはずです。もしくは、他の誰かから香りが変わるらしいことを聞いて試してみたのではないでしょうか。
自ら(もしかして、右回しと左回しで香りが変わるのかな?)と思いついて検証したド変態ワインマニアは、仮にいたとしても極少数でしょう。
であれば、全ての人がフラットな感覚で検証したとは言い難いです。むしろ、(右回しと左回しでワインの香りは変わるものだ)という先入観・思い込みのもと検証したがゆえに、そのように感じた可能性が大いにあります。

あと、香りが変わると主張してる人たちからは、(右回しと左回しの香りの違いを嗅ぎ分けられる私ってすごいでしょ)的な、マウントを取りたい心理が見え隠れするんだよな〜。ほんとは、違いなんて分かってないくせにね(笑)

うわ〜、友達いなそう…

そこまで言うからには、君も実際に検証したことがあるのですよね?

もちろんないです!

ないんかい
ワインの右回し・左回しを実際にソムリエが検証してみた
というわけで今さら感は否めませんが、スワリングの右回し・左回しでワインの香りが変わるのか、実際にソムリエが検証してみました。
検証の条件
今回は以下の条件で検証を行ないました。
・鼻毛は短くキレイにカット!
・体調・コンディションが抜群の日に実施(これ大事!)
・空腹時
・午前中(10時ごろ)
・国際規格のテイスティンググラスを使用
・ゲヴュルツトラミネールのワイン(未開封のもの)
・ワインの温度は18℃
・右回し(時計回り)を先に、左回し(反時計回り)は後で検証
・スワリングの回数は10回
・検証する直前にワインを開栓
・スワリングする直前に、ワインをグラスへ静かに注ぐ
・右回しを検証している間はワインボトルに栓をし、空気に触れないようにしておく
第一に、香りの違いを繊細に感じ取れるよう、鼻をベストコンディションに整えておくことが大切です。進撃のブラジリアンワックスで鼻毛どもを駆逐しておきたいところですが、痛いのはイヤなのでキレイにカットするに留めておきます。
体調・コンディションを整えるために、前日は22:00就寝・6:00起床。嗅覚が最も敏感になると言われる午前10:00に検証を行ないます。さらに、満腹状態では嗅覚が鈍くなるため、起きてから何も食べずに空腹状態で挑みます。
検証に使うワインは、香りが強くハッキリ分かりやすいワインの方が変化を捉えやすいという理由から、アルザスのゲヴュルツトラミネールを選びました。ワイングラスは、最も香りを捉えやすい「国際規格のINAO(国立原産地名称研究所)テイスティンググラス」を使用します。

ワインは温度が低いと香りを拾いにくいため、白ワインにしては少し高めの18℃に設定。
右回し(時計回り)を先に、左回し(反時計回り)を後に検証します。また、スワリングの回数によって香りに差が出ないよう、右回し・左回しともにスワリング10回で統一します。
検証の直前に未開封のワインを抜栓し、右回し・左回しそれぞれスワリングする直前にグラスへ注ぎます。先に両方のグラスに注いでしまうと、後に検証する左回しのワインの方が空気に触れる時間が長くなり、香りが強く開いてしまう可能性があるためです。同じ理由で、右回しを検証している間はワインボトルにも栓をしておきます。
いざ、ワインの右回しと左回しを検証!
さぁ、戦いの準備は完璧に整いました。「ワインは右回し・左回しで香りが変わるのか論争」に終止符を打つ時が、ついに来たのです。
(妄説を流布する狂信者どもを、今日この手で根絶やしにしてくれる…)
怒りと興奮で止まらない右手の震えをなんとか押さえ、おもむろにワインをグラスへ注ぎます。まずはスワリングする前のワインの香りを確認し、しっかりと記憶します。
そして、右回し(時計回り)で10回スワリング。

スワリングが終われば、すかさずワインの香りを捉えにいきます。ふむふむ、なるほど…。スワリングする前に比べて、もちろん香りは変化していますね。
続いて、もう一つのグラスにワインを静かに注ぎ、左回し(反時計回り)に10回スワリング。

こちらもすかさず香りを捉えにいきます。
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違うーっ!!!!!!!
右回しと左回しでは、香りの感じ方が明らかに違う。ええもう、まったくと言っていいほど違います!
え、、、こんなに変わるの?
誰ですか、右回しと左回しで香りが変わるという主張は「バイアスのせい」だの「マウント取りたいだけ」だの言っていた、厚顔無恥なバカソムリエは…。

穴があったら助走をつけて飛び込みたいです。
それでは心を落ち着かせて、具体的に何が違ったのかまとめてみます。
<右回しのワイングラス>
・香りの開き方が穏やか、弱い
・果実のフルーティーで甘い香りがあまり感じられない
・鼻をつくアルコールや酸の香りの方が支配的
<左回しのワイングラス>
・香りがしっかりと開いている、捉えやすい
・香りの濃度が濃く、香りが強い
・酸やアルコールの香りが抑えられ、果実の甘い香りや清涼感のある香りが前面に出ている
さて、もう一度「右回しと左回しで香りが変わる説」の内容をおさらいしてみましょう。
我々日本人が住む北半球では、ワインを右回し(時計回り)にスワリングすると香りは柔らかく穏やかに、反時計回りにスワリングすると力強く香り高くなる
今回の実験ではまさにこの説の通り、右回しの方が香りが穏やかに、左回しの方が力強い香りとなりました。

ほんとかな〜。きむも「右回しと左回しで香りが変わる」っていうバイアスがかかっていたんじゃないの?

いや、僕はむしろ「右回しと左回しで香りが変わるわけない」というバイアスの方が強い状態で実験しているから、本来であれば「香りは変わらない」と思う可能性の方が高かったよ。逆の結果が出たことに驚きだね…。
まとめ
「ワインのスワリングは、右回しと左回しで香りが変わるのか」について、今回の検証では「YES」と言わざるを得ません。
想像もしていない結末でした。「右回しと左回しで香りなんて変わるはずないこと」を確信するために行なった実験で、まさか変わることを確信してしまうなんて…。
今日をもって私は、「右回しと左回しでワインの香りは変わる教」に入信することになりました。お父さんお母さんご先祖様、ごめんなさい。
しかし、まだ1回しか検証していないため、これで結論付けるわけにはいきません。引き続き自分で検証したり、他のソムリエにも検証してもらったりしながら、自分の中で納得がいくまで実験を繰り返したいと思います。